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In the Bluff (Ramón Riobóo)

詰まるところ、一般的な人にとってカードを当てるというのは非常に難しい事なのだ。それ以外の全ては枝葉である。

今回は Ramón Riobóo の『Thinking the Impossible』に収録されている「In the Bluff」というカードマジックについて。本書の一番最初に収録されている手順ですが、結局これが一番良かったかも知れません。ただこの本、今は入手しづらいかも知れませんが…。

本手順の現象を簡単に説明します。まず観客が 1 枚のカードを見て覚えます。別の観客がそのカードを少しずつ当てていき、最終的には完全に当ててしまいます。

本手順はレギュラーデック 1 組かつ準備なしで演じられ、カードの選ばせ方と当て方の 2 要素で構成されています。そしてそれぞれがこの手順以外にも応用可能です。

特にカードの選ばせ方については心理的策略が満載で非常に勉強になります。何を主たる動作にするか、観客のディレクションをどこにどのように向けるか、などについてのお手本のような手順になっています。具体的には、どのタイミングで何を話すか?どのタイミングで手を動かすか?どのタイミングでそれらを終えるか?また、その際の演者の態度はどうあるべきか?といった話です。

さらに、観客によるタネの推測を誤った方向にミスリードするレッドヘリングが巧妙で楽しいです。これはタマリッツの Neither Blind Nor Stupid やピット・ハートリングの Chaos にも似た感じがあります。ただし、ここでの選ばせ方は巧妙ですがやや込み入っており、マジシャン向けという感も多少あります。なので、ノンマジシャン相手に演じる際は別の選ばせ方を採用するのも良いかも知れません。1

当て方も観客に当てさせるという点が独特で面白い上に、説明できないトリック的な柔軟性と楽しさも兼ね備えています。さらに、個人的に大好きな某技法を使ったはったり感も大変好みです。

ということで、この手順を読むためだけでも本書を手に入れる価値はあると思います。おすすめです!


  1. マジックをノンマジシャン相手に演じる場合とマジシャン相手に演じる場合について、演目や演じ方をどのように変えるべきか、あるいは変える必要はないのか、などについては別の機会に論じてみたいと思います。

選択肢を選択する選択肢について

○か□かという 2 つの選択肢があるとき、1 つの選択肢を選択する方法としてはどのような選択肢があるでしょうか?

  • A: ○と□のどちらか 1 つを選択する
  • B: ○と□の間に存在する△などの中間値を選択する
    • 中間値の数はケースバイケースで、△以外の位置に存在する▽という中間値などもあるかも知れない
    • このような中間値が存在せず、○と□の 2 値しか存在しないケースもあり得る
    • また、これは平均値や中央値的な選択肢が正しいことは全く意味せず、○や□など極端な選択肢が誤っていることも全く意味しない
  • C: 弁証法的に○と□の両方を満足する円柱のような選択肢を選択する
    • もちろんそのような選択肢が無い、あるいは見付けるのが非常に困難なケースもあり得る
    • もしこのような選択肢が見付かるなら、多くの場合でその選択肢を選択することが望ましいと思われる
  • D: ○と□の外側(?)にある☆などを選択する
  • E: 何も選択しない(適切な解なし。何も選択しない方が良いというケースもあり得る)

タナトフォビアまとめ

当記事は学術的、科学的、医学的に正しい情報を提供するものではありません。Web 上の情報のスクラップブック的な位置づけの記事だとご理解いただくのが良いと思います。強いて言えば、文化、芸術、あるいは哲学寄りの話だと思います。一応、随時更新予定です。

タナトフォビアとは?

死恐怖症(しきょうふしょう、英語: death anxiety)は、死の観念によって引き起こされる不安の症状。「ひとが死に至る過程や、存在することが止まることについて考えるときに認識され、心配になるという死の感覚 (feeling of dread, apprehension or solicitude (anxiety) when one thinks of the process of dying, or ceasing to 'be')。

引用元:死恐怖症 - Wikipedia

表記揺れ

Web 上の日本語テキストでは「タナトフォビア」表記をよく目にする印象がありますが、以下のような表記もあるようです。

  • 死恐怖症
  • death anxiety

Wikipedia

上記の他、計 20 言語で死恐怖症(タナトフォビア)の記事が存在するようです。平均値は分かりませんが、先端恐怖症Wikipedia ページは 17 言語存在するのでそれよりは多いです。よって雑に言うと、タナトフォビアは先端恐怖症と同等かそれ以上にグローバル規模でメジャーな概念と言えるかも知れません。

5 ちゃんねる(2ch

5ch のメンタルヘルス板(メンヘラ板)に「■■■死恐怖症(タナトフォビア)<スレ数>棺目■■■」というスレタイのスレッドがあり、最新は 40 スレ目の ■■■死恐怖症(タナトフォビア)40棺目■■■ です。

スレッドテンプレ

タナトフォビアとは死そのものや死に関連するものに対する恐怖症のことです。
このスレにはこんな人たちがいます。

  1. 意識の喪失による無が怖い人
  2. 死に伴う孤独や痛みが怖い人
  3. 悲惨な目や災害にあって死ぬのが怖い人
  4. 生や死そのものの不可解さが怖い人
  5. 死んで人から忘れられるのが怖い人
  6. 永遠が怖い人
  7. 身近な人の死が怖い人
  8. 生きる事やこの世の全てが無意味に感じるのが怖い人
    これらのことを考え出すと思考が止まらなくなり、恐怖・発狂恐怖に陥る人。

タナトフォビアの類義語としてネクロフォビアがあります。
しかしタナトスはもともと死を擬人化した神の名を、ネクロは死体を指すので、
ネクロフォビアというと死体、つまり他者の死を意味するときに使う習慣もあるようです。
(ただし海外では同義語として扱われています。)

引用元:■■■死恐怖症(タナトフォビア)40棺目■■■

スレッド非公式(?)テンプレ

軽く確認したところ、35 スレ目まではテンプレ的に書き込まれていましたが、36 スレ目以降のスレでは書き込まれていないようです。よって仮に非公式テンプレとして扱いますが、これら一連のスレッドの思想などを象徴する文章だと思うので掲載しておきます。

■解決方法

どれも完全な解決方法ではありません。
前スレまでに書かれていたことなど。

(1)精神疾患の一種(強迫性障害・不安神経症の延長?)だと思われるので、精神科を受診し、処方された薬を飲む
(2)時間的余裕をなくす(時間があると余計なことを考えてしまうため)
(3)子供を作る(理由的には同上)
(4)気休めになる言葉や本を探す


解決方法の
(3)子供を作る、ですが、
子供もタナトになる恐れがあるのでオススメできないと思います。
実際に、子供作ったけど子供もタナトになってしまったと
言っていた方が過去スレにおられました。


611 名前:優しい名無しさん[sage] 投稿日:2010/10/14(木) 10:59:48 id:wwYsQ6Ob
このスレを見てるとタナトフォビアには2種類あるな

一つは慢性的タナトフォビア
死に対する恐怖が常に付きまとい、倦怠感や疲労感、 無気力状態になるか
あるいは暗鬱で絶望的な気分になったり、悲哀や悲壮感に包まれる。
酷い場合は毎日死について考え、常に精神的苦痛を感じている場合もある。
夜や寝る前は特に症状が酷くなるため、寝たらそのまま目覚めないのではないか、などの不安が頭をもたげたり
恐怖感や不安によって心が休まらず眠れなくなるなどして睡眠障害不眠症を引き起こす場合もある。
よって症状が重ければ重いほど必然的に日常生活に支障をきたし、死が頭から離れなくなり
常に憂鬱でやる気が出なかったり不安に悩まされることから、鬱病に近い

もう一つは発作性タナトフォビア
死に対する恐怖やイメージが瞬間的に増長してあるレベルに達したとき一種のパニック発作状態に陥る。
やはり起こる頻度に伴わずタイミングは夜や寝る前であることが多い。
症状としては発作が起きると同時に精神的苦痛と恐怖を伴いながら動悸が激しくなり
じっとしていられなくなってベッドから飛び起きたり椅子から立ち上がったり、酷い場合は叫ぶこともある。
それらの症状は大抵長くても1分程度で収まり、一度発作が起きれば次の発作がくるまでは安静である。
発作の来るタイミングは個人差があり不定期で、年に数回の人も居ればほぼ毎日発作が起きている人も居る。
日常生活については、症状が軽い場合や寝る前のみの場合は基本的に問題ないが
重い場合は公共の場や会社・学校で発作が来ないかという不安が付きまとうことから、パニック障害に近い。

もちろん、この二つを併発している場合もある


315 : 優しい名無しさん 2016/07/24(日) 17:08:59.45 id:vM8Zi/eo
普通の一般人が、末期ガンでベッドの上で死を待つ状態になったり
ISISに拉致られて数分後に首を切り落とされる状態の時に感じている死の恐怖を、
四六時中感じているのがタナトフォビアという病
死の直前になって初めて意識するような恐怖を常に意識しながら生きている
それは宛ら、何も罪を犯していなければ牢にも入っていない死刑囚の如し
娑婆にいても死への恐怖心は何時執行されるとも知れない処刑を待つ身と変わらない

タナトじゃない一般人は大袈裟にも程があると笑い飛ばすが、
こればかりはタナトを発症した人じゃないと絶対に理解して貰えないと思う

319 : 優しい名無しさん 2016/07/24(日) 22:51:36.71 id:dJu5pmqg
>>315
これテンプレにしていいくらい完璧な代弁

私達の脳はどうしちゃったんだろうね
何でこんなに死に取りつかれているんだろう…
さっき真田丸豊臣秀吉が「死にたくない」って喚いているのを見て自分と重なったわ

引用元:■■■死恐怖症(タナトフォビア)35棺目■■■

関連書籍

「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版(シェリー・ケーガン):既読

うろ覚えなので間違ってるかも知れません。

  • 少なくとも無宗教無神論的には、死の定義からして死後に「私」が死を意識することはできないので、死という状況そのものを当事者的に怖がることはできない。いま生きている「私」がいずれ死ぬということを思うことが怖い(これは別の本で読んだ話だったかも…)
  • 今後拷問を受け続けることが確定している場合など、生きているよりも死んだ方が利得が高い(マシな)場合もあり得るので、必ずしも死は悪いものとは言えない
  • また、永遠に生きなければならない(死ねない)とすると、それはそれでやりたいことが完全になくなって、文字通り生き地獄的な苦痛になり得る。この場合は死が救いになるので、やはり必ずしも死は悪いものとは言えない
  • しかし、「私」がやりたいことの量に対して人間の寿命(長くても 100 年ちょっと)が短かすぎ、死ななければ本来できたかも知れないことをできずに寿命を迎えるということは大いにある。つまり、死までの猶予が短かすぎるという点において死が悪いということはあり得る。そしてこれが死の恐怖に繋がり得る

存在消滅 -死の恐怖をめぐる哲学エッセイ-(高村友也):未読

「いつか死んでしまう」という事実を前に、どのように生きていけばいいのだろうか——。

生まれてこない方が良かった―存在してしまうことの害悪(デイヴィッド・ベネター):未読

  • 反出生主義の有名な本
  • タナトフォビアそのものを扱っているわけではなさそうだが、そもそも生まれてこなければ死の恐怖を感じることもなかったので関連は深そう

不老不死クエスト タナトフォビアの処方箋(タナトフォビア&不老不死 研究会):未読

  • 同人誌っぽいが、タイトルがそのものズバリなので一応リストアップしておく

Next.js の公式チュートリアルを全部終えました

React 同様にこちらも今更ながら、Next.js の公式チュートリアルを全部終えました。やったことの概要は次の通りです。

感想

ざっと Next.js を学んだ感想です。

  • Next.js は React ベースの Web アプリを作るフレームワーク(React にもフレームワークっぽさはある気がしますが、基本的にはライブラリ扱いが一般的だと思います)
  • リソースのロード、レンダリング、コンピュテーション、キャッシングなどそれぞれについて、いつ、どこで、どの粒度で実行するかを制御可能
  • ファイル(ディレクトリ)構成と Link component によりマルチページアプリ化可能
  • SSR してクライアントに返した HTML は JS(React 周りのコード)のロードが完了するまでインタラクティブではない。この状態のページに JS をロードしてインタラクティブにすることを「ハイドレーション」と呼ぶ
  • 基本はページ単位でレンダリング方法(例:SSR、SSG、ISR)を制御
  • dynamic() 関数(API)などを用いることでコンポーネント単位でのロードタイミング、レンダリング方法(SSR するかどうか)の制御も可能
  • React Server Components も活用するとより細かな制御ができそう(?)
  • キャッシング、CDN、エッジコンピューティング、サーバーレス FaaS (Lambda) など、Next.js は多機能でそれらをカバーしてくれる Vercel というデプロイ先は便利(GitHub 連携なども楽)
  • しかし、Next.js は OSS とは言えそのメインの開発元は Vercel であり、ベンダーロックイン的なリスクは気になる

React 公式ドキュメントをだいたい全部読みました

今更ながら React 公式ドキュメントをだいたい読みました。「だいたい」というのは、API リファレンスコントリビューティングガイドラインは読んでいないからです。前者は必要に応じて(まさにリファレンスとして)参照すれば良いかなと思い、後者はコントリビュートしたいことがあればそのタイミングで読めば十分と考えたためです。

まずはチュートリアルを実施し、その三目並べ(Tic-tac-toe)アプリのソースコードGitHub リポジトリに上げました。

応用課題的なものがいくつかあったので、このリポジトリではそれらも実装してあります。このチュートリアルはクラスコンポーネントベースなので、このリポジトリのコードを関数コンポーネントに置き換えるなどリファクタリングすると練習になりそうですが、面倒なのでやっていません。

チュートリアル完了後に読んだドキュメントは次の通りです。

  1. Installation
  2. Main Concepts
  3. Advanced Guides
  4. Hooks
  5. Testing
  6. FAQ

これから学び始める方に向けて特に重要なリソースを抜粋すると次のような感じかと思います。

最低限

A, B のいずれか。

A. 手を動かして学ぶ

  1. チュートリアル
  2. Installation

B. 読んで学ぶ

  1. Installation
  2. Main Concepts

基礎を一通り

  1. チュートリアル
  2. Installation
  3. Main Concepts
  4. Hooks

感想

一通りざっと学んだ感想としては、以下がポイントだと思いました。

  • 原則は、宣言的 UI を可能にするシンプルな JS ライブラリ(DOM 操作などは React に丸投げ)
  • ただし、レンダリングや state 更新タイミングなど、パフォーマンス上の各種最適化などのブラックボックスもある
  • JSX は React API を呼び出す JS コードのシンタックスシュガー
  • コンポーネントの状態は state で管理し、props 経由でコンポーネントにデータを渡す
  • データの流れはコンポーネントツリーの上(ルート側)から下への一方向
  • コンテクストはグローバル変数的(?)
  • ClassComponent.render() (or FunctionComponent()) → reconciliation(差分検出処理)→ commit の流れ
  • フックを使うとオブジェクト指向的なクラスインスタンスに依存せず、基本は全て JS の関数で動く世界になる
  • API を叩いて非同期にデータを取得して state を更新するなどの処理は、副作用(effect)として useEffect() 内で実行するのが一般的

P.S.

まだ日本語に翻訳されていないと思いますがベータ版の React 公式ドキュメントもあり、レンダーとコミットの説明などをざっと見る限りこちらも読むと理解が深まりそうです。

なお、今は Next.js のチュートリアル(?)を読んでいます。

職業としての学問(マックス・ヴェーバー)

以前読んだことある気がするので実は再読かも知れません。

要約

  • 学問、科学の進展による主知主義的な合理化は神(宗教)を殺し、人々が拠り所とする統一的な価値判断基準(価値観)、信仰が失われた
  • 学問それ自体は(かつての)宗教のように信奉すべき統一的な価値観を与えてはくれない
  • それぞれの学問は、それぞれの前提となる価値観(比喩的に「神」と言える)を持つ
  • 学問を教える教師は、政治的信条などの価値観を学生に押し付ける指導者や扇動者ではない(であってはならない)
  • 指導者として価値観を説くなら街頭などでやれ。そこでは批判を受けられるから
  • 教室という空間で教師が価値観を押し付けると学生は批判できない(するのが難しい)ので駄目
  • (老ミルは言いました。)現代は多神教!(多種多様な価値観が相互に複雑に絡み合って存在し、統一的な見解が存在しない状態の比喩)
  • 学問にできることとその限界
    1. 実生活に役立つ技術的な知識を与えること
    2. ものごとの考え方、(論理的)思考法を与えること
    3. 明確さと責任感を与えること。ある価値観の立場を取ることが何を意味するのかについて明確な説明を与え、その価値観を遂行するために必要な手段を与える。また、その価値観を遂行することにより他の価値観をどのように毀損するかも明確にし、その価値観の立場を取ることの責任感も与える
  • 学問はどのような価値観を信奉すれば良いかについて答えを与えない。多様な価値観が複雑に絡み合いながら渦巻く中で、自らそれらの価値判断に向き合わなければならない
  • それが耐えられないなら、明確な価値判断基準、価値観を与えてくれる温かい教会に帰るべき
  • 結論:浮かれずに目の前の仕事を真面目にこなせ!

余談

本書の内容とは乖離しますが、強引に個人的な関心事に引き付けて考えてみます。

自分自身は学問的、科学的、主知主義的な合理的思考から逃れられないのと同時に、科学が明らかにする「現実」のつまらなさに絶望しています。幽霊やネッシーが実在して、超能力でスプーンは曲げられ、地球は平らで、そしてなにより神が存在するような世界であったらどんなに良いかと思わずにいられないのです。つまるところ、神を信じたいが信じられないのです(だって神を筆頭にこれらを信じるに足る合理的、科学的根拠が全然ないので。当たり前ですが 1)。

神がいなくても精神的になんら困らない、または、科学を放棄して無心で神を信じられる、のどちらにもなれないということです。

といった悩みに対して本書は回答を与えてはくれませんが、自分のこのような思考をある側面から分析する一助にはなった気がします。

P.S.

人々の心が大戦後の動揺と既存の秩序にたいする疑惑に満ちていたその当時、感受性に富む青年たちの心がこうした時代の風潮の支配下にあったことは想像にかたくない。

ウェーバーがこの講演のなかで当面しているものによく似た事態が現代の日本にもみいだされるということ、したがってこの書物がすくなくも一部の人々にはなんらかの反省の機会をつくるであろうということ、このことはここに確言しうると思うのである。

(一九三六年五月、訳者記)

時期がちょっと怖い 😨


  1. というか、信仰に合理的根拠を求める発想自体が邪道で、疑問を持たず無心で信仰すること自体が宗教的態度そのものなのかも知れません。そしてそれは自分には到底無理という話です。

Inside Out (Ben Earl)

今回は Ben Earl の『Inside Out』について。予約購入してしばらく放置してましたが、最近読んだので感想を書いてみます。

結論はおすすめです。

どのトリックもレギュラーデック一組など簡単な道具だけで演じられ、特殊な道具や準備は不要です。クロースアップからステージまでどこでも演じられそうなトリックが多いのも良かったです。

空港でベンおじさんがサイコパス相手にサンドイッチトリックを演じてみせるなど、Earl 本人が実際にマジックを演じる場面を描写するようなスタイルで各トリックを解説しています。マジックを演じるシチュエーション描写はマジシャンあるある的なところもあり面白いです。

Let's Play Triumph

スタンダードなトライアンフにちょっとしたアレンジと新しい演出を加えた作品。『パスト・ミッドナイト 第 1 巻』の Open Triumph も参照すると実際のタッチなど参考になります。別作品ですが部分的にはよく似ているので。

Probably Impossible

起こりそうにないこと(improbability)と不可能(impossible)の違いがテーマのサンドイッチトリック。第 1 段で起こりそうにない現象を起こし第 2 段で不可能な現象を起こすことで、第 2 段の不思議さを強調します。

そもそもマジックは確率的に起こりそうもないことを起こす現象と物理的に絶対不可能なことを起こす現象に分類できます。もっともどちらにせよ本当にそのような現象が起きているわけではなく、起きたと観客に錯覚させているだけですが。

追加の演出案として、「マジックの現象のようにマクロ世界で物理的に不可能とされている現象が、トンネル効果のようにミクロ世界では可能だったりします。また、マクロ世界の不可能現象も絶対に起こり得ないのではなく、単に起こる確率が天文学的に低いだけかも知れず、絶対に不可能な現象など存在しないのかも知れません…」といった怪しげな台詞も考えましたがたぶん蛇足でしょう…。

Lucky Deal

観客自身が自分のカードを当て、追加のエンディングも付く現象。しかし個人的にはやや成立しないように思える部分があり、ある箇所で演者によるフォールスシャッフル入れるのが現実的かと思います。これを入れると、最初から最後まで演者がデックに触れないというこのトリックの美点を損なってしまいますが…。

The Vanishing

物体の消失現象を 3 段階に分けて起こす作品で、1 つの演出アイデアとしては面白いです。しかし、消失の第 2 段まではともかく第 3 段は屁理屈っぽく、このような演出でこのマジックを見たら鼻につくような気もします。少なくともこのような演出で演じる場合は、演者自身のキャラクターに合っているかを事前によく確認するのが良さそうです。

The Unreal Transposition

物理的な手法と現象自体はよくある単純なものですが、その物理的な構造の表面を肉付けする演出が独特でとても面白いです。交換現象であり、カード当てであり、変化現象でもあるという面白い作品です。非常におすすめ!

Hidden Ambition

2 段から成るシンプルなアンビシャスカード。個人的には第 1 段で使う某技法における個人的な(?)悪癖のせいで演じるのは難しそうです。ここが問題ない人は普通に演じられるでしょう。Ramón Riobóo の『Thinking the Impossible』にある某作品の演出を使っています。物理的な手法はともかく、この演出法を他のアンビシャスカードの手順にも流用することはできそうです。

Portal

カードの変化現象。(催眠的な)暗示(suggestion)を取り入れており、同じく Earl の『スキン』を思い出しました。催眠暗示に慣れていれば催眠現象としてうまく演じられるでしょう。一方、そうでない場合もあくまで暗示(催眠)風の演出になるだけで最終的にはカードの変化というメインの現象は起こせます。よって、マジック全体としては失敗しない構成になっており、安心して演じられそうです。

英語ではあるものの、Earl による催眠暗示の具体的な台詞を読めるのも良かったです。

Mr Invisible

レギュラーデックだけを使って即席で演じられるインビジブルデック現象です。普通に良いトリックだと思いますが、似た構造で次に紹介する Why Me? の方が良くできていると思います。これはあくまでレギュラーデックでインビジブルデック、という縛りで作られた感がどうしてもあります。

Why Me?

1 つ前の Mr Invisible と似た構造で演出が異なる作品です。逆転の発想的現象で、技術的に弱い箇所を演出がカバーする好例です。現象もカードマジックではあまり見られないもので、どちらかと言うとメンタリズム的な雰囲気もあります。良い意味でカードマジック感が薄い良作でおすすめ!

Restoring The Past

トーンアンドレストア。これが成立するとマジシャン的には都合が良いというか楽ですが、成立するかやや危うい気もします。

なお、トーンアンドレストの傑作としてはガイ・ホリングワースのリフォーメーションが挙げられます。このような正統派以外のトーンアンドレストアとしては、Dani DaOrtiz の『Utopia』にある作品群が非常に良いです。

A Universal Presentation

特定のトリックに依存せずあらゆるトリックやルーティンに適用できるプレゼンテーション、というか台詞です。ここに載っている台詞自体の良し悪しについてはなんとも言えません。それを見極めるには実際にノンマジシャンの観客に試して反応を見る必要があるでしょう。しかし、あらゆるトリックやルーティンに適用できるようなプレゼンテーション、台詞を用意しておくという考え方自体は有用だと思います。例えば、まだ適切な演出を見付けられていないトリックに暫定的に Universal Presentation の台詞を適用するなど、実践的に役立ちそうです。

The Gift

マジックの現象はどこで完結するのか、みたいな話としては面白いです。しかし、自由意志と決定論、そしてシュレーディンガーの猫が混ざったような謎の話をベンおじさんから聞かされた挙げ句、謎の誕生日プレゼントを渡された 10 歳の子供がかわいそう。

The Secret

1 つ前の The Gift と似た話です。時と場合によりますが、マジックを見た記念に何かをプレゼントするというのはありだと思っており、それにはどのようなものが良いかということを考える上でこの章は参考になります。

Conjuring With Wonder

観客が見たいものを演じてみせるというのはマジックの 1 つの理想形でしょう。この章にはそれを実現するためのアイデアが書かれています。また、本書に収録されているトリックはいずれも物理的な手法と現象としては単純な構造を持っており、演出次第ではどのような現象にでも仕立て上げられるような柔軟性を持っています。このようなトリックの性質は本章「Conjuring With Wonder」の考え方を適用させるのに適しています。

New Theory Cross-Cut Force

なぜクロスカットフォースがマニアから低く見られているかの考察と、クロスカットフォースのバリエーションの解説。これまでの Earl 作品を追ってきた人からすると目新しさは少ないかも知れませんが、よくまとまっており内容も良いです。個人的にもクロスカットフォースは大好きです。

New Theory French Drop

コインマジック等で使われるフレンチドロップを効果的に見せるための tips。New Theory と謳っていますが、どのくらい新規性があるのかはコインマジックに疎い自分には判断できません。良いコインバニッシュについての話もあり、この辺りは個人的にも大いに同意する話でした。最も良いコインバニッシュとはコイン自体が消えたように見せるのではなく…。

総評

ざっくりマジックの構成要素を二分すると、骨格に当たる物理的な手法&現象の部分と、肉に当たる演出部分とがあります。そして、同じ骨格(物理的現象)に対して異なる肉付け(演出)をすることで、全く違ったトリック(効果)になります。このような考え方は Earl の『Less Is More』 の Stem Cell 辺りで既に導入されていました。それ以降の Earl 作品では、骨格は極力単純化し肉付け部分を工夫する方向になっているように思います。『The Shift』辺りではまだ骨格部分にも多少の独自性が見られた気もします。一方の本作『Inside Out』では、骨格の単純化、肉付け重視の方向性がより強化されており、最近の Earl 作品の傾向がより強く出ています。バランスが良いか、また、賛同できるかはともかくとして最近の Earl 作品の傾向を知るにはうってつけの本でしょう。少なくとも 1 つくらいは気に入る作品、あるいは演出や考え方を得られると思うのでおすすめです。