Blufflog

This blog is bluff.

Out Of This World(アウト・オブ・ディス・ワールド)

Out Of This World (OOTW) はカードマジックの傑作で、1942 年に Paul Curry が発表しました。Curry の原案は冊子『Out of this World』で読めます。また、邦訳が『図解 カードマジック大事典』『カードマジック事典』に掲載されています。

現象は次の通りです。

観客がカードの表を見ずに赤だと思うカードと黒だと思うカードを分けていきます。最後に表を見ると全て観客が予想した通りに赤と黒に分かれています。

非常に効果的な現象で、それを実現する原理もまた素晴らしいです。ほぼ全ての操作を観客自身が実行するので怪しさが皆無に等しく、現象も分かりやすいです。このような現象がレギュラーデック 1 組で実現できるので文句なしです。

敢えてデメリットを挙げるとするなら、この手順には準備が必要という点でしょう。とは言えこの準備自体も比較的楽な部類です。Lennart Green の Angle SeparationWoody Aragon の Separagon などを使えばルーティンの合間に準備できます。

Roberto Giobbi の 『Card College Light』 に掲載されているように、Juan Tamariz の T.N.T. (a.k.a. Neither Blind Nor Silly, Neither Blind Nor Stupid)などの手順から繋げるのもスムーズです。他にも Pit Hartling の Chaos などから繋げることもできます。

そうは言ってもやはり準備が必要なのは面倒ということで、即席で OOTW を演じるバリエーションも発表されています。中でもクラシックだと思うのが高木重朗氏の『奇術入門シリーズ カードマジック』に収録されている手順です。この手順では観客がデックをシャッフルした状態から演技を始められます。この手順は即席で演じられる点以外にも、観客が赤黒を選別するカードの枚数が少なく、演技が間延びしにくい点や、選別に使わなかった残りのデックが赤黒バラバラであることを示せる点などのメリットもあります。単に実用的なだけに留まらない素晴らしい手順です。

(しばらく細かい話が続きます。興味ない方は読み飛ばしてください)

本書ではこの手順を U.F. Grant による改案と記載していますが、具体的な引用元を明示していません。本書は絶版ということもあり、この手順を解説している一次資料を把握しておきたくなりました。そこでこの資料を探すべく U.F. Grant の即席 OOTW を調べたところ、『Nu Way Out Of This World』 という冊子が見付かりました。これを読んでみたところ、確かに『奇術入門シリーズ カードマジック』の OOTW を即席にするための最も本質的なアイデアは含まれていました。しかし、『奇術入門シリーズ カードマジック』の OOTW に見られたハンドリングの工夫が Nu Way Out Of This World には含まれていませんでした。つまり、『奇術入門シリーズ カードマジック』の OOTW の引用元は別にありそうです。

そこでその引用元を探すべく色々と調べていたのですが、その中で気になる情報が 2 つありました。

  1. Conjuring ArchiveOut of this World & Variants のページ上で「grant」と検索すると、Harry Lorayne の名前と共に Impromptu Out of this World という手順が掲載されていました
  2. 『奇術入門シリーズ カードマジック』の巻末には非常に簡素なものですが参考文献が掲載されています。その中に Harry Lorayne の『Close-up Card Magic』がありました

この 2 点から、『奇術入門シリーズ カードマジック』の OOTW に Harry Lorayne が関係していると推測しました。まず、Conjuring Archive で『Close-Up Card Magic』のページを見てみました。そのページ上で「out of this world」と検索すると、Out of this Universe という手順がヒットしました。しかし YouTube にアップロードされている Out of this Universe の演技を見る限り、『奇術入門シリーズ カードマジック』の OOTW とは全く異なるように見えます。

そこで今度は Conjuring Archive の Out of this World & Variants のページにある Impromptu Out of this World を調べてみました。この手順は Harry Lorayne の『My Favorite Card Tricks』に掲載されているようなので読んでみました。するとそれは探していた『奇術入門シリーズ カードマジック』の OOTW に非常に近いもので、細かいハンドリングに違いはあるもののほぼ同じと言って良さそうでした。ただ気になる点として、『My Favorite Card Tricks』では U.F. Grant への言及が一切なく、『奇術入門シリーズ カードマジック』が U.F. Grant の改案と書いているのが何を根拠としていたのかは依然として不明です。

何にせよ、『My Favorite Card Tricks』に掲載されている Impromptu Out of this World が素晴らしい即席手順であることは間違いないです。この OOTW を演じる上での tips もいくつか書かれており、これがまた有益です。特に「下手なことをするくらいなら何もしないほうがマシ」的な記述には強く同意します。

(細かい話終わり)

最後に OOTW を解説した映像についても軽く触れて終わります。これは無数に存在すると思いますが、敢えて 1 つ挙げるなら『World's Greatest Magic - Out of This World』だと思います。紹介しておきつつ未見なのですが、収録されてる演者のメンツ的に間違いないと思います…。

P.S.

今、個人的に気になってる OOTW は Kiko Pastur の Without this World です。

マンダロリアンにもやもやしています

先週水曜 3 月 1 日に『マンダロリアン シーズン 3』の配信がディズニープラスで始まりました。

個人的にマンダロリアンで好きだった点のかなりの部分に次の 3 点がありました。

  • マンドー(ディン・ジャリン)が素顔を見せない
  • スター・ウォーズの主要キャラがほぼ出てこない
  • マンドーとグローグー(ベビーヨーダ)の渋い関係性

S3 開始時点では既にこれらの美点がほぼ全て損なわれてしまっているように思います。

  • S2 でマンドーが素顔を晒してしまった
  • S2 最終話で最重要キャラのルークが出てしまった
  • マンドーがグローグーに対して甘々になってしまった(もちろん同人作品なら何の問題もないのですが)

その上で S3E1(シーズン 3 エピソード 1)では、カルト教団の掟を破った罪を贖うために温泉へ浸かりに行くという話になっていて、それって面白い?カルトの掟とかどうでもよくない?という気持ちになっています。

E1 は一話完結でなかったのも微妙に思いますし、そもそも別のドラマシリーズである『ボバ・フェット』も見ていないと S2 から話が全く繋がらないのもどうかと思います。

といった感じで今はマンダロリアンにもやもやしています。

実はこのもやもやは今に始まったことではなく、S1 最終話で『ターミネーター 2(T2)』的展開が入ったときから始まり、S2 最終話でポルノ的にルークを登場させた時点でもやもやはかなり強まっていました。そのもやもやが S3 で限界を迎えつつあるといった感じです。

とは言え今後の展開次第では掌を返すかも知れません。期待せず見ていこうと思います!

追記(2023-03-09)

トルストイ『アンナ・カレーニナ』感想(ネタバレあり)

感想を残しておきたいのですが文章を書くのは面倒なので箇条書きで雑に。古典なので問題ないと思いますがネタバレありです。念の為。

なお、今回は光文社古典新訳文庫の望月哲男訳を読みました。

https://www.amazon.co.jp/dp/B00H6XBF9Y

主要登場人物

アンナ(アンナ・カレーニナ)……カレーニン夫人。オブロンスキー公爵の妹。

リョーヴィン(コンスタンチン・リョーヴィン)……オブロンスキーの友人。大きな領地を持つ地主貴族

  • 主人公のアンナがなかなか登場しない(登場するまでに 100 ページは超えてたと思います)
  • アンナが死んでからも結構話が続く
  • 主人公のアンナ以外にリョーヴィンも準主人公
  • 訳者の望月先生の解説にもありますが、トルストイはアンナを単純な悪女とも悲劇のヒロインのどちらとも描いていない(あるいはその両面を持つ人物として描いている)点が良かったです
  • アンナの心理、言動の描写が的確で痛いほどに共感
    • 分かりやすさのためにあえて雑に言うとメンヘラ描写ということです。ただ、この表現は侮蔑的に扱われがちなのでどうかな、とは思います
  • アンナは異常に人間らしい不合理さや割り切れなさを体現していると思います
    • 「アンナは自分勝手で嫉妬深く不幸になるのは自業自得。共感できない」といった感想は合理的で正論ではあります。しかし自分はそれ以上にアンナの人間らしさに対して共感や憐憫といった気持ちを強く持ちました
    • この人間らしさは AI に対抗する武器となり得るかも知れません。もしこの点でも人間が AI に劣ってしまうという未来があるとすると、それは真にディストピアでしょう…
  • 人間心理への理解度とその描写力が圧倒的
  • 人間心理の複雑さや、1 人の人間の内にある矛盾した感情の葛藤、相克が鋭く描写されている
  • 対比や円環
    • アンナとヴロンスキーの鉄道の駅での出会いと、最後のアンナの鉄道自殺
    • リョーヴィンの兄ニコライの死の看取りと、その直後に発覚するリョーヴィンの妻キティの妊娠
  • ニコライの死の場面の描写はとんでもなく真に迫るものがありました。アンナの鉄道自殺の場面と併せて死の描写に感激
  • 予兆、予感
    • アンナとヴロンスキーが出会う駅での鉄道事故→2 人の破滅とアンナの鉄道自殺の予兆
    • ヴロンスキーが競馬で乗馬中に一瞬の油断から落馬し、愛馬が死亡→2 人の関係に迫る不穏さを予感
    • アンナとヴロンスキーが共に見る悪夢→アンナの死の予兆
  • アンナが恋愛に全てを賭けた後の周囲からの圧力や非難、些細なすれ違いからアンナの思考がどん詰まっていく心理描写。負のスパイラル。恋人との破局から自死に至る思考。死の直前、我に返ってしまう恐怖
  • アンナ自殺後のリョーヴィンの思考や兄コズヌィシェフとの議論は、トルストイ自身の代弁か
  • リョーヴィンは不信心に苦しみつつも結婚式、兄の看取り、妻の出産などのイベントである種の宗教的恍惚を得られています。しかも最終的には信仰(と呼べそうなもの)を獲得するにまで至っており、そうなれる人はわりと幸せという気がします
    • 信仰を持つ、あるいは持たないことに何の疑問も持たずに済めば良いのですが…
  • 19 世紀ロシアの話ですが今とほぼ同じことを言ってる箇所が色々と
    • 今は変革の時代!
    • 最近の若者は手軽に教養を身に着けようとしてけしからん
    • 経営者は「利益を最大化するために農民(労働者)に効率的に働いて欲しい。それで win-win になる」と考える。一方の農民(労働者)は「今の仕事をそのまま続けて毎日の暮らしが維持できればそれで良い。新しい(余計な)ことはしたくない」と考える。ここにギャップがある
  • 人生の意味やどう生きるべきかという難問について、リョーヴィンの(暫定的な)最終回答は概ね次のような感じ
    • 善は善それ自体が善きもので、善に理由はない
    • 善は生来自分に備わって最初から知っている(だから幼少時にキリスト教の教えをすんなりと受け入れられた)
    • 理性の言葉では善について語り、定義することはできない
    • ただ自分の心に従って善き行いをすればよい
    • このような善はキリスト教の教えと一致する
  • 結局リョーヴィンはキリスト教的信仰に落ち着くことで心の安寧を得るわけでそれはそれで良いんですが、一周回ってありきたりの思想に戻ってしまった感じでちょっと残念でもあります

パイプ枕の魅力

意外と見過ごされがち(?)なパイプ枕の魅力を簡潔にお伝えします。

  • 安い
  • 高さの無段階調節が可能
  • 通気性が良く、蒸れにくい
  • 虫が湧きにくい
  • 洗濯機で丸洗いできるなどメンテナンスしやすい

具体的にはこんな商品を買えばいいんじゃないでしょうか。ちなみにアフィリエイトではありませんし、アイリスオーヤマの回し者でもありません。

『初めてのGraphQL』を読みました

GraphQL 完全に理解した。

  • GraphQLREST API のような(主に Web の)API を定義する技術(言語、仕様)
  • REST はリソース(データ)毎にエンドポイントを持つため、複数のエンドポイントが必要になる
  • GraphQL は API で管理するリソースをグラフで表現。これが単一のエンドポイントになる。具体的には型定義を伴うスキーマを定義
  • GraphQL のオペレーションは Query、Mutation、Subscripiton の 3 つ
  • Query:データの取得
  • Mutation:データの作成、更新、削除など
  • Subscription:データの変更を監視。具体的には WebSocket などで実現
  • クエリはグラフで表現されたデータについて、その部分グラフを取得するようなイメージ(データのグラフを木(tree)で考えると、その部分木を指定して取り出すイメージ)
  • 各オペレーションもスキーマ定義する
  • GraphQL の主なメリット
    • 必要なデータ(フィールド、カラム)のみを取得できる
    • あるリソースに関連する他の複数のリソースをまとめて一度に取得できる
    • エンドポイントが単一なので管理、保守しやすい
  • GraphQL の主なデメリット(適当に書いてるので怪しい)
    • エンドポイントが単一なので、対策しないと大量のデータを要求するクエリを誰でも簡単に送れてしまう
    • まだ普及度が低く、新規導入には学習コストなどが必要(?)
    • コミュニティ、エコシステムが発展途上(?)
  • GraphQL スキーマJSON 風で、その型定義は TypeScript 風
  • GraphQL クエリは SQL 風。ただし、RDB における SQL の対象データ表現形式が表(テーブル)なのに対し、GraphQL クエリの対象データ表現形式はグラフという点は異なる
  • 昨今は React などの影響によりとかくフロントエンドが厚くなりがち。そこで API 利用のロジックを GraphQL オペレーションのスキーマ定義側に寄せることにより、フロントエンド側で API を叩く箇所をスリム化できるということはありそう(?)
  • 本書では、GraphQL を扱うための代表的なライブラリである Apollo を用いて、GraphQL API サーバーとそのクライアント Web アプリ(React)の実装を学べる。これによって実際の開発イメージが湧いたので良かった
  • GraphQL API に対して巨大なデータを要求することへの対策も軽く学べる。ここはもしかすると REST より複雑かも知れない
  • 日本語版の付録として「Relay 各仕様解説」があり、GraphQL APIスキーマ設計の参考になる。データに一意の ID を付与する手法や Cursor Connections というページネーション機能を API 設計に組み込む手法など。ページネーション機能を組み込んでおけばリクエスト制限もしやすくなりそう
  • 本書を読むのに特別な前提知識は不要だと思うが、REST APIJavaScript、React あたりはある程度分かっているとスムーズに読める
  • 本書内にはコード含め誤植が散見される気がするので、少なくともコードについては GitHub リポジトリも参照するのが良さそう

参考

In the Bluff (Ramón Riobóo)

詰まるところ、一般的な人にとってカードを当てるというのは非常に難しい事なのだ。それ以外の全ては枝葉である。

今回は Ramón Riobóo の『Thinking the Impossible』に収録されている「In the Bluff」というカードマジックについて。本書の一番最初に収録されている手順ですが、結局これが一番良かったかも知れません。ただこの本、今は入手しづらいかも知れませんが…。

本手順の現象を簡単に説明します。まず観客が 1 枚のカードを見て覚えます。別の観客がそのカードを少しずつ当てていき、最終的には完全に当ててしまいます。

本手順はレギュラーデック 1 組かつ準備なしで演じられ、カードの選ばせ方と当て方の 2 要素で構成されています。そしてそれぞれがこの手順以外にも応用可能です。

特にカードの選ばせ方については心理的策略が満載で非常に勉強になります。何を主たる動作にするか、観客のディレクションをどこにどのように向けるか、などについてのお手本のような手順になっています。具体的には、どのタイミングで何を話すか?どのタイミングで手を動かすか?どのタイミングでそれらを終えるか?また、その際の演者の態度はどうあるべきか?といった話です。

さらに、観客によるタネの推測を誤った方向にミスリードするレッドヘリングが巧妙で楽しいです。これはタマリッツの Neither Blind Nor Stupid やピット・ハートリングの Chaos にも似た感じがあります。ただし、ここでの選ばせ方は巧妙ですがやや込み入っており、マジシャン向けという感も多少あります。なので、ノンマジシャン相手に演じる際は別の選ばせ方を採用するのも良いかも知れません。1

当て方も観客に当てさせるという点が独特で面白い上に、説明できないトリック的な柔軟性と楽しさも兼ね備えています。さらに、個人的に大好きな某技法を使ったはったり感も大変好みです。

ということで、この手順を読むためだけでも本書を手に入れる価値はあると思います。おすすめです!


  1. マジックをノンマジシャン相手に演じる場合とマジシャン相手に演じる場合について、演目や演じ方をどのように変えるべきか、あるいは変える必要はないのか、などについては別の機会に論じてみたいと思います。

選択肢を選択する選択肢について

○か□かという 2 つの選択肢があるとき、1 つの選択肢を選択する方法としてはどのような選択肢があるでしょうか?

  • A: ○と□のどちらか 1 つを選択する
  • B: ○と□の間に存在する△などの中間値を選択する
    • 中間値の数はケースバイケースで、△以外の位置に存在する▽という中間値などもあるかも知れない
    • このような中間値が存在せず、○と□の 2 値しか存在しないケースもあり得る
    • また、これは平均値や中央値的な選択肢が正しいことは全く意味せず、○や□など極端な選択肢が誤っていることも全く意味しない
  • C: 弁証法的に○と□の両方を満足する円柱のような選択肢を選択する
    • もちろんそのような選択肢が無い、あるいは見付けるのが非常に困難なケースもあり得る
    • もしこのような選択肢が見付かるなら、多くの場合でその選択肢を選択することが望ましいと思われる
  • D: ○と□の外側(?)にある☆などを選択する
  • E: 何も選択しない(適切な解なし。何も選択しない方が良いというケースもあり得る)