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クトゥルー神話/ラヴクラフト作品についての簡単な感想(ネタバレ)

クトゥルークトゥルフ)神話/ラヴクラフト作品をいくつか読んだので簡単な感想を残しておきます。なお、いつも通りネタバレを含みます。

今回読んだのは以下の新訳 3 冊です。

クトゥルー神話ラヴクラフト作品に共通する要素として、「宇宙的恐怖(cosmic horror)」というものがあります。個人的に解釈すると、これは人類のアイデンティティクライシスの話だと捉えています。例えば人類は神のような存在を信仰し、キリスト教などにおける神は人類に対して(人間の愚かな目線からは)必ずしも友好的とは言えないにしても、人類という存在を他の動植物とは異なり特別視しています。しかしそもそも「神は妄想である」という現代的な考えに基づけば、神から特別な役割を与えられていない人類の存在意義・アイデンティティが揺らいできます。仮に人類の常識を超越した神的存在がいるにしても、その神的存在が人類に対して友好的でないばかりか、人類のことを虫けら以下としか捉えていない可能性は大いにあります。我々の世界における神的存在がこのようなものであった場合に人類のアイデンティティが揺らぐ感覚、これこそが宇宙的恐怖に相当するのではないかと考えています。

なお余談ですが、アメコミ『バットマン』に登場する精神病院アーカムアサイラムの元ネタが、ラヴクラフト作品に登場する架空都市アーカムだというのを今更知りました…。

ダゴン

クトゥルー神話ラヴクラフト作品入門に最適な作品だと思います。かなりの短編かつ、クトゥルー神話ラヴクラフト作品のエッセンスも凝縮されています。

神殿

制御不能になった潜水艦が何者かの力によって深海に引きずり込まれていき、人知れず沈んでいる太古の神殿と邂逅するお話です。不謹慎ながら、沈没したタイタニック号を見に行きたいという気持ちは正直分かる部分があるので、例の事故も他人事とは思えません。

マーティンズ・ビーチの恐怖

嬉しい UMA もの。

クトゥルーの呼び声

クトゥルー神話における基本設定は、基本的には本作が初出のようです。

クトゥルー神話を代表する邪神クトゥルーが眠る海底都市ルルイエの一時的な浮上が契機となり、芸術家など感受性の強い人間が世界中で同時多発的に不可思議な夢を見る、という設定が面白いです。ラヴクラフトは実際に自身が見た奇妙な夢をそのまま作品に反映することもあるようですし、夢というモチーフにこだわりがありそうです。

墳丘

『時間からの影』と並んで特に好きな作品です。

墳丘の頂上に男女のインディアンの亡霊が毎日現れる(しかも昼間も!)という設定がまず魅力的です。話の筋自体は、実際に墳丘に入っていくとそこには地下世界があり…、というラヴクラフト作品定番のものです。そしてその地下世界で怪異と遭遇して発狂する、殺される、命からがら逃げ帰る(が、後にやはり発狂または不審な死を遂げる)、というのがラヴクラフト作品の定番のパターンです。しかし本作では地下世界(異世界)へ行った後にそこで一応は受け入れられ、それなりに長期間生活を続けるという点が特徴的です。そしてこの地下世界での生活はホラーというよりディストピア SF 感が強く、なんだかジョン・ブアマン監督の『未来惑星ザルドス』を連想しました。

墳丘に関する恐ろしい噂話が多数語られ、多方面から墳丘の謎に迫っていく感じも怪談(というか『残穢』)的で面白いです。

インスマスを覆う影

これもラヴクラフト初心者にオススメできる傑作でしょう。恐ろしい何者かから逃げ、危険なインスマスから脱出できるか…という冒険要素はエンタメ的に分かりやすく面白いです。オチも良いですね。

エンタメ要素の強さからか何度か映像化されており、スチュアート・ゴードン監督『DAGON』(タイトルがなぜか「ダゴン」ですが…)や、日本映画『インスマスを覆う影』などがあります。どちらも未見なので見ておきたいところです。

永劫より出でて

シュブ・ニグラスの神官トヨグのミイラを解剖したら脳を含め体内の臓器が生きていた!という設定(というかオチ)がすこぶる面白いです。クトゥルー神話は、世の中の大多数を占めるまともな人間には信じられていない太古の神話と現実世界がリンクする瞬間が楽しいですね。本作はミイラという古代の遺物がこの 2 つをリンクさせる点が分かりやすいです。

挫傷

なぜか印象が薄い(?)です。

無名都市

爬虫類人間の遺跡を探訪する話です。やけに遺跡のサイズが小さいと思っていたら最終的にこの遺跡の利用者、支配者が(小さな)爬虫類人間だったというオチが、予想通りながらも楽しいですね。

猟犬

ユイスマンスの『さかしま』が引用されており、主人公たちが珍奇な物品を蒐集し自宅に飾るという点も『さかしま』的な作品です。

祝祭

個人的には印象薄めでした。

ピックマンのモデル

ゴヤの絵画『我が子を食らうサトゥルヌス』にインスパイアされたと思しき短編です。絵画がテーマということもあり、禍々しい何者かを視覚的にイメージしやすく、語りも主人公の独白形式なのでかなり読みやすい方だと思います。

本作は比較的最近に、Netflix ドラマ『ギレルモ・デル・トロの驚異の部屋』の 1 エピソードとして映像化されているようです。これは見てみたいですね。

ネクロノミコン』の歴史

タイトル通りです。物語上の表面へ出さないにしても、物語の背景となる詳細な設定はできるだけ詳しく設定してある作品が自分の好みです。

往古の民

これもちょっと印象が薄いですが、歴史もののような印象です。

ダンウィッチの怪

主人公たちが怪異に真っ向から立ち向かい、恐らく一時的とは言え、ラヴクラフト作品では珍しく一応の勝利を見るという結末です。アーミテッジ博士が有能すぎです。

アロンゾ・タイパーの日記

これも印象薄めですかね。しかし人間的理性では拒否するような行動を無意識的にとってしまうというか、おぞましい定めから逃れられないというのは良いですね。

ランドルフ・カーターの陳述

シンプルな短編。『ピックマンのモデル』と同様に主人公の独白形式です。最後の台詞が普通に日本語(英語)で意表を突かれました——

“YOU FOOL, WARREN IS DEAD!”

エーリッヒ・ツァンの音楽

邪悪な音楽を題材にした作品。視覚的な禍々しさでなく、邪悪なものと共鳴する禍々しい音楽というテーマはやや異色かもしれません。とはいえ音楽的禍々しさを文章で表現するのはなかなかに難しそうでもあります。

本作はクトゥルー神話体系の一部というより、独立した一編の怪奇小説といった趣です。

狂気の山脈にて

これも有名な傑作ですね。個人的にはやや冗長に思う箇所もなくはないですが、当然面白いです。南極という深海と並ぶフロンティアにて未知の超巨大山脈を発見し、神話上の存在である「古のもの」の化石を発見し、しかもその中の一部は実はまだ生きていて…と、どう考えても面白い設定がもりだくさんです。人間と犬が古のものに解剖されてしまうというのも素晴らしいです。

当初は「古のもの」こそが恐ろしい敵と思われていましたが、後に真に恐ろしい敵はショゴスであり、主人公ダイアーが「古のもの」を怪異というより「人間」とみなすという展開は意外でした。

ちなみに本作自体は映画化されていないものの、『遊星からの物体 X』と『プロメテウス』はほぼ狂気山脈の映画化といって差し支えないような内容です。

時間からの影

今のところラヴクラフト作品で一番好きかもしれません。

本作では人類誕生以前の太古の地球を支配していた巨大な円錐型種族「イースの大いなる種族」が登場します。この種族は未来や過去に存在する他の生物個体の肉体と強制的に精神を交換する技術を持っています。主人公のピースリー教授は、自身が記憶喪失になっていた期間に太古の大いなる種族の一個体と精神を入れ替えられていたのではないか…という展開です。

『墳丘』などと同様に、現代人より遥かに高度な知能を持つ異性人の生活を探訪するという設定が非常に面白いです。また本作は何より、精神交換されていたピースリー教授が、太古の地球で大いなる種族の肉体に囚われていた際に記した手記を、現在のピースリー教授がオーストラリアの砂漠にある遺跡の中で再発見する部分が最高です。その手記に書かれた自らの筆跡のアルファベットを再発見するという部分は非常にパラドキシカルな面白さがあり、鳥肌ものです。

本作は、ピースリー教授の精神交換や遺跡探索が本当に起きた現実なのかどうかが曖昧なまま終わります。しかしラヴクラフト作品を読んできた読者であればピースリー教授の体験が現実かどうかはよくご存知のことでしょう。そしてそのような現実は我々の身の回りにも…。

P.S.

ラヴクラフト以外の手に成るクトゥルー二次創作では、『サイコ』原作者ロバート・ブロックの『アーカム計画』あたりが気になるので、今度読んでみようと思います。