Blufflog

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Inside Out (Ben Earl)

今回は Ben Earl の『Inside Out』について。予約購入してしばらく放置してましたが、最近読んだので感想を書いてみます。

結論はおすすめです。

どのトリックもレギュラーデック一組など簡単な道具だけで演じられ、特殊な道具や準備は不要です。クロースアップからステージまでどこでも演じられそうなトリックが多いのも良かったです。

空港でベンおじさんがサイコパス相手にサンドイッチトリックを演じてみせるなど、Earl 本人が実際にマジックを演じる場面を描写するようなスタイルで各トリックを解説しています。マジックを演じるシチュエーション描写はマジシャンあるある的なところもあり面白いです。

Let's Play Triumph

スタンダードなトライアンフにちょっとしたアレンジと新しい演出を加えた作品。『パスト・ミッドナイト 第 1 巻』の Open Triumph も参照すると実際のタッチなど参考になります。別作品ですが部分的にはよく似ているので。

Probably Impossible

起こりそうにないこと(improbability)と不可能(impossible)の違いがテーマのサンドイッチトリック。第 1 段で起こりそうにない現象を起こし第 2 段で不可能な現象を起こすことで、第 2 段の不思議さを強調します。

そもそもマジックは確率的に起こりそうもないことを起こす現象と物理的に絶対不可能なことを起こす現象に分類できます。もっともどちらにせよ本当にそのような現象が起きているわけではなく、起きたと観客に錯覚させているだけですが。

追加の演出案として、「マジックの現象のようにマクロ世界で物理的に不可能とされている現象が、トンネル効果のようにミクロ世界では可能だったりします。また、マクロ世界の不可能現象も絶対に起こり得ないのではなく、単に起こる確率が天文学的に低いだけかも知れず、絶対に不可能な現象など存在しないのかも知れません…」といった怪しげな台詞も考えましたがたぶん蛇足でしょう…。

Lucky Deal

観客自身が自分のカードを当て、追加のエンディングも付く現象。しかし個人的にはやや成立しないように思える部分があり、ある箇所で演者によるフォールスシャッフル入れるのが現実的かと思います。これを入れると、最初から最後まで演者がデックに触れないというこのトリックの美点を損なってしまいますが…。

The Vanishing

物体の消失現象を 3 段階に分けて起こす作品で、1 つの演出アイデアとしては面白いです。しかし、消失の第 2 段まではともかく第 3 段は屁理屈っぽく、このような演出でこのマジックを見たら鼻につくような気もします。少なくともこのような演出で演じる場合は、演者自身のキャラクターに合っているかを事前によく確認するのが良さそうです。

The Unreal Transposition

物理的な手法と現象自体はよくある単純なものですが、その物理的な構造の表面を肉付けする演出が独特でとても面白いです。交換現象であり、カード当てであり、変化現象でもあるという面白い作品です。非常におすすめ!

Hidden Ambition

2 段から成るシンプルなアンビシャスカード。個人的には第 1 段で使う某技法における個人的な(?)悪癖のせいで演じるのは難しそうです。ここが問題ない人は普通に演じられるでしょう。Ramón Riobóo の『Thinking the Impossible』にある某作品の演出を使っています。物理的な手法はともかく、この演出法を他のアンビシャスカードの手順にも流用することはできそうです。

Portal

カードの変化現象。(催眠的な)暗示(suggestion)を取り入れており、同じく Earl の『スキン』を思い出しました。催眠暗示に慣れていれば催眠現象としてうまく演じられるでしょう。一方、そうでない場合もあくまで暗示(催眠)風の演出になるだけで最終的にはカードの変化というメインの現象は起こせます。よって、マジック全体としては失敗しない構成になっており、安心して演じられそうです。

英語ではあるものの、Earl による催眠暗示の具体的な台詞を読めるのも良かったです。

Mr Invisible

レギュラーデックだけを使って即席で演じられるインビジブルデック現象です。普通に良いトリックだと思いますが、似た構造で次に紹介する Why Me? の方が良くできていると思います。これはあくまでレギュラーデックでインビジブルデック、という縛りで作られた感がどうしてもあります。

Why Me?

1 つ前の Mr Invisible と似た構造で演出が異なる作品です。逆転の発想的現象で、技術的に弱い箇所を演出がカバーする好例です。現象もカードマジックではあまり見られないもので、どちらかと言うとメンタリズム的な雰囲気もあります。良い意味でカードマジック感が薄い良作でおすすめ!

Restoring The Past

トーンアンドレストア。これが成立するとマジシャン的には都合が良いというか楽ですが、成立するかやや危うい気もします。

なお、トーンアンドレストの傑作としてはガイ・ホリングワースのリフォーメーションが挙げられます。このような正統派以外のトーンアンドレストアとしては、Dani DaOrtiz の『Utopia』にある作品群が非常に良いです。

A Universal Presentation

特定のトリックに依存せずあらゆるトリックやルーティンに適用できるプレゼンテーション、というか台詞です。ここに載っている台詞自体の良し悪しについてはなんとも言えません。それを見極めるには実際にノンマジシャンの観客に試して反応を見る必要があるでしょう。しかし、あらゆるトリックやルーティンに適用できるようなプレゼンテーション、台詞を用意しておくという考え方自体は有用だと思います。例えば、まだ適切な演出を見付けられていないトリックに暫定的に Universal Presentation の台詞を適用するなど、実践的に役立ちそうです。

The Gift

マジックの現象はどこで完結するのか、みたいな話としては面白いです。しかし、自由意志と決定論、そしてシュレーディンガーの猫が混ざったような謎の話をベンおじさんから聞かされた挙げ句、謎の誕生日プレゼントを渡された 10 歳の子供がかわいそう。

The Secret

1 つ前の The Gift と似た話です。時と場合によりますが、マジックを見た記念に何かをプレゼントするというのはありだと思っており、それにはどのようなものが良いかということを考える上でこの章は参考になります。

Conjuring With Wonder

観客が見たいものを演じてみせるというのはマジックの 1 つの理想形でしょう。この章にはそれを実現するためのアイデアが書かれています。また、本書に収録されているトリックはいずれも物理的な手法と現象としては単純な構造を持っており、演出次第ではどのような現象にでも仕立て上げられるような柔軟性を持っています。このようなトリックの性質は本章「Conjuring With Wonder」の考え方を適用させるのに適しています。

New Theory Cross-Cut Force

なぜクロスカットフォースがマニアから低く見られているかの考察と、クロスカットフォースのバリエーションの解説。これまでの Earl 作品を追ってきた人からすると目新しさは少ないかも知れませんが、よくまとまっており内容も良いです。個人的にもクロスカットフォースは大好きです。

New Theory French Drop

コインマジック等で使われるフレンチドロップを効果的に見せるための tips。New Theory と謳っていますが、どのくらい新規性があるのかはコインマジックに疎い自分には判断できません。良いコインバニッシュについての話もあり、この辺りは個人的にも大いに同意する話でした。最も良いコインバニッシュとはコイン自体が消えたように見せるのではなく…。

総評

ざっくりマジックの構成要素を二分すると、骨格に当たる物理的な手法&現象の部分と、肉に当たる演出部分とがあります。そして、同じ骨格(物理的現象)に対して異なる肉付け(演出)をすることで、全く違ったトリック(効果)になります。このような考え方は Earl の『Less Is More』 の Stem Cell 辺りで既に導入されていました。それ以降の Earl 作品では、骨格は極力単純化し肉付け部分を工夫する方向になっているように思います。『The Shift』辺りではまだ骨格部分にも多少の独自性が見られた気もします。一方の本作『Inside Out』では、骨格の単純化、肉付け重視の方向性がより強化されており、最近の Earl 作品の傾向がより強く出ています。バランスが良いか、また、賛同できるかはともかくとして最近の Earl 作品の傾向を知るにはうってつけの本でしょう。少なくとも 1 つくらいは気に入る作品、あるいは演出や考え方を得られると思うのでおすすめです。