堀木智也さんの『Default Action』のレビューです。
デフォルト・アクションとは?
Default Action
スライハンドにおける基本動作
本レクチャーの対象者
本レクチャー(『Default Action』)の付録(Appendix)では次のように述べられています。
手品を真面目に追求しようとしている方や、真面目に手品をしている人間がどのようなことを考えているのか興味がある方
個人的な感想を補足します。マジックは数多くの要素で構成されており、スライハンドはその中の 1 つです。本レクチャーはマジックにおけるスライハンド(における基本動作)を扱っています。このスライハンドという要素の研究や技術向上に特にリソースを割きたい人が本レクチャーの主な対象者だと思います。逆に、この要素の研究などにそこまでリソースを割く余裕がない人は対象外かもしれません。
一個人がマジックの研究、練習に割けるリソースは有限ですし、マジック以外にやらなければならないこと、やりたいことがある人も多いはずです。マジックを構成する要素にはスライハンド以外にも重要なものがたくさんあるはずなので、マジックにリソースを割くにしてもどの要素にどの程度のリソースを割くかは人によって異なるでしょう。もちろんマジックの基礎は全マジシャンにとって大事です。しかし、たとえばカードマジックの基礎を固める上では『Default Action』を観ずに『カードカレッジ』などだけを読めば十分というケースも大いに考えられます。この辺りを踏まえて購入の判断をするとよいと思います。もちろん、スライハンドを極めようとする試みに単純に興味があり、その一端を覗いてみたいという動機を持った方にもお勧めできます。
本レクチャーの前提知識
基本的には不要ですが、『ロベルト・ジョビーのカード・カレッジ第 1 巻』1 と『エキスパート・コインマジック・メイド・イージー 第 1 巻』2 くらいの知識と技術は持っていた方がよいかもしれません。なお、カードマジックの基礎については手前味噌ですが次の記事をご参照ください。
デフォルト・アクションの目的
本レクチャーで解説されるデフォルト・アクションの目的は主に次の 3 点にあると思います。
- 動作の最適化
- マジック技法との差分最小化
- 秘密の隠匿
1. 動作の最適化
カードの保持の仕方やシャッフルの方法などの動作から無駄を省き、合理化することでさまざまなメリットを得られます。具体的には身体とデックへの負荷軽減、演技時間の短縮などです。さらに、無駄なく一貫性があり最適化された動作は見た目にも美しいことが多く、審美的な面でもメリットがあるでしょう。
2. マジック技法との差分最小化
マジックにおける技法の中には、外見上は普通の動きだが実際には外見と異なる動作が実行されており、それがマジックの秘密になっている場合があります。このようなフォールス・アクションと、その外見上の動作に対応するデフォルト・アクションの差分をできるだけ小さくすることで、技法と普通の動作の見分けがつきにくくなり、技法がより効果的になります。これに関連した話題として、『カードカレッジ 2』3 の 258 ページにはビデオカメラを使ったタマリッツによる技法練習法が載っています。これはデフォルト・アクションと技法の差分を最小化する上で役立ちそうです。
3. 秘密の隠匿
マジックでは演者が観客に対して隠しておきたい秘密というものがしばしば登場します。詳しくは書けませんが、デフォルト・アクションを適切に調整することである種の秘密を隠匿しやすくなる場合があります。
ディーリングポジション
デックを左手(利き手の反対側)に保持する方法の解説です。現在、自分はカードカレッジで解説されている方法をベースにしています。ディーリングポジション(の類型)には複数の種類がありますが、最も基本的なディーリングポジションについての解説がなされます。また、あるポジション、動作のデフォルト・アクションと言っても 1 つとは限らず、目的に応じて複数のデフォルト・アクションを使い分けるという考え方も提示されます。さらに、個人の目的、演じる環境、身体の特徴に応じてデフォルト・アクションをどのように調整したらよいかという点についても触れられています。
また、ビドルグリップ(エンドグリップ)についても少し触れられています。
(テーブルド)リフルシャッフル
テーブルドリフルシャッフルについて。現在、自分は Benjamin Earl の方法をベースにしています。本レクチャーで解説されるデフォルト・アクションとは見た目が異なるのですが、「1. 動作の最適化」という点では自分のそれとほぼ同じだと思います。しかし、「2. マジック技法との差分最小化」という点から考えると自分のデフォルト・アクションを改善する余地があるかもしれないと思いました(要研究)。
オーバーハンドシャッフル
オーバーハンドシャッフルについて。オーバーハンドシャッフルのデフォルト・アクションと、オプティカルシャッフルというフォールス・アクションの外見上の動作を揃えることで技法が効果的になるという例が示されます。実際、ここで演じられるオプティカルシャッフルは大変上手いので一見の価値があります。このチャプターはデフォルト・アクションの目的「2. マジック技法との差分最小化」の分かりやすい実例になっているといえるでしょう。
ちなみに自分は現在、カードカレッジと Earl の方法をベースにしており、本レクチャーで解説される方法とはやや異なります。共通点と差分を整理し、調整していきたいです。
また、ディーリングポジションからオーバーハンドシャッフルに素早く移行する方法についての解説があるのですが、ほぼ同じ方法が Earl の Unreal Card Magic でも解説されていたことを補足しておきます。
ホームポジション
コインマジックにおけるホームポジションについて。道具を持っていない手をどのような状態、姿勢で待機させるべきかについての考察です。また、この状態からテーブル上のコインを拾いにいく動作のデフォルト・アクションについても解説されます。コインマジックにおけるある秘密を隠匿するという目的から逆算して、どのようにコインを拾うべきかという考察が示されます。
余談ですが、カードケースの開け方については付録内でクレジットされていた資料以外に、Roberto Giobbi の Card College 1&2 Personal Instruction The Complete Course でも解説されていると思います。
欠点
本レクチャーの欠点についても述べておきます。
まず、本レクチャーでは本記事の冒頭に述べたようなデフォルト・アクションの定義や目的が最初に明示されないため、レクチャーの立ち位置などがやや分かりにくいという面があります。
また、コインの拾い方の解説がやや簡素で、何度も見ないとよく分からないということがありました。ただしこれは自分の理解力に問題がある可能性も高いです。さらに、本レクチャーの料金には 1 年間、質問等がサポートされる権利も含まれているため、これらを考慮するとこの件はさほど問題ではないかもしれません。
総評
総合的にとても勉強になりました。無意識的にやっていたこともあるのですが、論理的に言語化されていて自分の中で色々と理解が深まりました。
本レクチャーはディーリングポジションなど具体例の解説を通して、デフォルト・アクションを調整する有用性とその方法論を帰納的に解説する構成になっていると思います。デフォルト・アクションを調整する方法論については個別の具体例というより、それを一般化して他の動作にも適用できるようになることの方が重要だと思います。ただ、当レクチャーで解説されるデフォルト・アクションの具体例としてはコインの拾い方が最も興味深かったです。
デフォルト・アクションを調整する有用性と方法論を学んだので、あとは実践あるのみですね(これが難しい)。
参考資料
参考までに、自分自身がカードマジックやコインマジックの基本動作を練習、研究する際に参照してきた資料を紹介します。
カードマジック
- ロベルト・ジョビー著、加藤友康訳『ロベルト・ジョビーのカード・カレッジ1、2』
- Benjamin Earl, Unreal Card Magic
- ベンジャミン・アール『リアル・エースカッティング』
- Jason England, Foundations
- Steve Forte, Gambling Protection Series (GPS)
- Dan and Dave, Basic Card Sleights
- Dan and Dave, The Trilogy